第34回:艦(船)酔い « 個人を本気にさせる研修ならイコア

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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第34回:艦(船)酔い

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版としてメルマガに載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、
退職後19年を経過した現在の私が当時を思い起こして感じていることを書かせて
いただきました。これまでのものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きした
ことを、特に明確な意図というものはなく、何となしに書いてみたいと思います。
「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、主に艦「ふね」
(以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や
海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

前回は、艦(船)は「逃げ場のない世界」ということについて書いたと思います。
「逃げ場のない世界」で困るのは「艦(船)酔い」です。船酔いをした経験を持つ方も
多いことと思います。みなさんが抱かれる疑問のひとつに、「艦(船)乗りは酔わない
のか?」ということがあると思います。私はどうかというと、海上自衛隊時代には
大いに艦(船)酔に悩まされてきた一人です。人間である以上、程度の差はあれ誰もが
艦(船)酔いはします。中には、「俺はまったく酔わない」などと豪語する人も見まし
たが、それは三半規管に異常があるからで決して正常ではないようです。特に護衛艦は
居住性よりもオペレーション性能を重視しているため、揺れ出しても速力を落とせな
かったり、敢えて波を横から受ける進路を取らざるを得なかったりと大変です。
艦が左右に30度以上傾くと、感覚的には壁と床が反対になった気がします。
スキー場で傾斜30度の斜面を滑り降りようとする際のことをイメージしていただけると
おわかりになるかと思います。ましてや45度近く傾いた時には、本当に士官室のテレビが
吹っ飛んできたこともあります。
また、ローリング(横揺れ)よりもピッチング(縦揺れ)は更にひどく、艦首に近い
居住区などでは上がったり下がったり、ジェットコースターにでも乗っているような
気分になります。護衛艦のベッドというのは全て艦首尾線に沿って置かれているのも、
貴重な経験から得られた結果だと思っています。更に、「どうしたら艦(船)酔いを
しないですみますか」あるいは「艦(船)酔いしたらどうしたら良いですか」という
質問もあると思われます。それに対しては、「艦に酔う前に酒に酔ってしまえ」とか(?)
いろいろな方法が喧伝されますが、結論としては「何もありません」が答えだと思っています。
我慢するしかないのです。耐えるしかないのです。ただし、我慢をしていると慣れることは
できます。それが「逃げ場のない世界」ということでもあるのです。通常1ヶ月、2ヶ月の
航海でも最初の2日、3日が過ぎればあとは体も心も慣れてくるので、4日目、5日目には
だいぶ楽になってきます。これもよほど病的に順応できない人を除けば通常の仕事はできる
ようになります。

ところで、私は今でも朝の富士山が苦手です。新幹線で名古屋、大阪方面に行く際に
富士川のあたりできれいな富士山が見えることがありますが、「きれいだ」「美しい」と
思いつつ、今でも脇腹がズキズキする感覚があります。これが艦(船)酔に悩まされてきた
艦(船)乗りのひとつの悲しい特性だと思います。朝、横須賀の港を出港直後に富士山が
きれいに見える日は、前日から風が強かったことを表しています。そうすると、東京湾を
出るか出ないかのうちに大きなうねりがやってきて艦は上下に揺れ始めます。
艦(船)乗りにとって最も忌むべきことは、体が慣れる前の出港直後に揺られることなのです。
踏みしめる鉄板の床や油の匂いに馴染む前に揺られることは大変に辛いことになります。
そのため、横須賀の港を出港してしばらくして富士山がきれいに見えると、乗組員の誰もが
静かになり、伏し目がちになります。そんな時には追い討ちをかけるように、艦橋(ブリッジ)
から、「荒天準備」という号令が下されることとなり、荒天に備えるための作業がばたばたと
始まります。同時に、1ヶ月、2ヶ月と続く航海の先々が思いやられることになるのです。

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