第43回:板挟み状態 « 個人を本気にさせる研修ならイコア

ホームサイトマップお問合わせ・資料請求
パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
サービス内容事例紹介講師紹介お客様の声コラム会社概要

第43回:板挟み状態

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、以前に書いたもの
ではなく、海上自衛隊退官後22年を経過してしまいましたが、現在の私が思い
起こし感じていることを書かせていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、
などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤務雑感」という副題
も、あえてそのままとさせていただきます。むろん、艦隊勤務を本望として20年間
生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」が
ごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話
を進めたいと思っております。

前回の「ナッツリターン騒動に思う」には、多くの反響をいただきました。みなさま、
ありがとうございました。その中から私の同期生のM元海将補からの返信を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
紺野 様
「ナッツリターン騒動に思う」おもしろく読ませていただきました。機長・船長の権限や
判断にまで思い至るのは「さすが」だと思います。私は、次元の低い発想ですが、
昔当直士官で操鑑時、隊司令と艦長の意見が合わず困惑したのを思い出しました。
司令「右に行け!」、艦長「左だ!」、当直士官「・・・・・」、
司令「どうするつもりだ、当直士官。」、当直士官「はい。声の大きい方に行きます。」
司令・艦長「バカ!」
こんな時代もありましたね。
でも当時の艦長は、指揮官としての意識が高く、たとえ司令の考えが正しく思われても、
艦長を飛ばしての司令の指示・命令には、絶対納得されませんでした。それは今でも
心に残っております。私も艦長の時には、そう心がけたつもりです。でも最近はどう
でしょうね。「隊(群)司令が言われてるんだから、すぐ舵を取らんか!航海長」
こんな指揮官(艦長)が増えてきているのではないでしょうか。残念ながら・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
みなさま、いかがでしょうか、ジョークも混じっているとはいえ、艦長、護衛隊司令、
護衛隊群司令などの海上部隊指揮官はもとより、幹部候補生学校長、第一術科
学校長も歴任されているM氏の言葉、特に最後の一言を私はとても重く受け止めて
います。
私は、このような板挟み状態が、マネジメントといわれる世界では人が育つ上での
大きな機会になるものと思っております。どんな仕事でも、こちらを立てればあちらが
立たず、というのは当たり前であり、上司の指示をそのままに部下に伝えることだって
できません。M氏の話にあった「右だ!」「左だ!」「・・・・・」「どうするつもりだ、
当直士官。」というのは、私も経験をしています。
それは、2度目の航海長として護衛艦「によど」で勤務していた時のことですから、
私自身多少腹も据わっていたとは思います。艦長は英国の防衛駐在官も経験され、
最後は呉地方総監も歴任された出世コースを邁進中のK2佐でした。イケメンで
温和な紳士然としていますが、非常に芯の強い方でもありました。母港の横須賀を
出港すると、針路090度で浦賀水道航路に向けて東に進みます。その際、いろいろ
な船と行き合うことになるのですが、艦橋(ブリッジ)の左側の椅子に座っている
隊司令が、「航海長右にかわさないでいいのか?」ときます。このまま少し進路を
左にとれば、そのまま安全に航行できるのですが、一応、船は右側通行ということ
になっています。艦長は、と見ると、まったく知らぬ半兵衛を決め込んでいます。
隊司令が更に大きな声で、「航海長右にとらないのか?」ときます。東京湾の中
では部隊行動はとらないので、どんな針路をとるかは全てそれぞれの艦長の判断
することなのです。私は、もう一度艦長の顔を見ましたが、艦長はなおさら顔を
反対の右側に向けて無視をします。そこで、航海長としては自分の意思を示さない
わけにはいきませんから、艦長の意図を自分なりに理解して、「とーりかーじ」と
号令をかけて舵を左にとりました。大きく左に変針して当該船との距離を安全側
に大きくとってその船をやり過ごしてから、再度浦賀水道航路に向かいました。
隊司令が、「右」といったことに対して、航海長が「左」に舵を切ったわけですが、
隊司令としては個艦の針路に対する指揮権はないので、直接責めるわけにも
ゆかずむっとした表情をしています。結局、艦長は知らぬ半兵衛のままでした。
こんなことが二度、三度と続いたときに、士官室でくつろぐ艦長に対して私が、
「艦長、右でも左でもどっちでもいいので、司令が右と言ったら右にとっても
良いのではないですか」と聞きました。
すると、温和なK艦長、「バカモーン、隊司令が右といったらその通り右にとります
と艦長が言ったら、艦橋にいる隊員はどう思うんだ。うちの艦長は司令が言ったら
そのとおり何でもYesだよな、と思ってしまうではないか」というものでした。
理屈として私自身必ずしも納得したわけではありませんが、K2佐の指揮官
としての意識の高さと気概には感じいったところでした。ただし、それではこのK2佐、
部隊指揮官である隊司令と折り合いが悪かったかというと全くそのようなことはなく、
艦長として絶大な信頼を得ていました。もちろん隊司令自身の懐の深さという
ものもあったと思いますが、そんな板挟み状態においてこのような対処をした
航海長(私自身)も、隊司令からは認められていたと今でも自負しております。
上司から信頼されるとは、上司の意向におもねることではないと強く認識したところ
でもありました。しかし、昨今、そのような板挟み状態を経験させてくれる気骨ある
指揮官が自衛隊から姿を消していくとしたら、それは国家としても由々しきことでは
ないでしょうか。とはいえ、気骨あるわが同期生に育てられた後輩諸兄が今後の
海上自衛隊を担っていくことになるので、おそらく大丈夫ではないか、とも思っている
ところでもあります。

余談ではありますが、今回ご紹介したM元海将補、弊社のセミナーでも一度講演
をしていただきましたが、その際には来場されたお客様から大変好評をいただきました。
彼が護衛隊司令としてインド洋に派遣された際の体験談についても、一度本稿にて
語っていただこうかとも思っております。
できれば、直接話を聞くことができればみなさんにとっても最高だとは思いますが。

Copyright (c) 2024 e-Core Incubation Co.,Ltd. All Rights Reserved.  Web Produce by LAYER ZERO.