第66回:当たり前のこと(しつけ) « 個人を本気にさせる研修ならイコア

ホームサイトマップお問合わせ・資料請求
パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
サービス内容事例紹介講師紹介お客様の声コラム会社概要

第66回:当たり前のこと(しつけ)

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、
以前に書いたものではなく、海上自衛隊退官後25年を経過してしまいましたが、
現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、
今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。
「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、
主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいります
のであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

 一般企業においてよく「5S」ということが言われます。企業さんを訪問した際に、「5Sの徹底」とか、工場のいたるところに「明るく笑顔であいさつ」などという張り紙やポスターがあるのを見たことがあると思います。このようなところに行くとへその曲がった私は、「ああ、この会社は5Sができていないんだ」「明るいあいさつができないんだな‥‥」などと思ってしまい、思わず案内してくれている方の前で口に出してしまい、ひんしゅくを買ったりもしています。このように、当たり前のことを当たり前のようにやるということは、意外に難しいようでもあり、どんな企業でも苦労されているようでもあります。

 ところでみなさんは、家庭で「敷居を踏むな」と言われたことはありませんか。私のような年齢の方でないと、そんな経験はないのかもしれませんが。こどものころ、家でも、小学校でも「敷居を踏むな」とうるさく言われたことを記憶しております。昨今はマンションなどの集合住宅はもとより、一戸建ての家でも敷居などというものは見られないのかもしれません。私が子供の頃は、「敷居を踏むな」は当たり前のことであり、言われることの意味など考えたことはありませんが、当然踏めば叱られることと思っていました。小学校の教室では障子や襖ではありませんが、左右にスライドする扉が多かったのでそこには2本のレールのようなものがあります。それを踏んで教室に入ると、先生から厳しく注意されたものでした。しかし、「なぜそれがいけないのか」ということをはっきりと聞いた覚えはなかったように思います。そもそも「しつけ」とはそういうものかもしれませんし、決められたことをしっかりと守ることの継続の中で、やって良いこと、悪いことという感覚を身につけていくのかもしれません。

 しかし、海上自衛隊では、このようなことを明確な理由を持って教えられたことを記憶しております。家の敷居ではありませんが、護衛艦の隔壁についている水密扉、ハッチなどは、そこを通る際にはどうしても、下側の部分、上を向いている部分に足を載せたくなるものです。しかし、その部分は必ずまたいで通過すること、決して足をのせないことが厳しくしつけられています。護衛艦に乗ったことのない方にはわかりにくいかもしれませんが、護衛艦の内部の通路を歩いていくと、かなり頻繁に水密扉に行きあたります。護衛艦は商船と異なり、被害に遭った際のことを考慮して造られているため、商船に比べると非常に多くの隔壁で仕切られており、いざ被害に遭って浸水した際には、その区画を閉鎖して被害を極限にしようとするものなのです。その水密扉やハッチが水密を保つためには、圧着する部分と受け側の部分が密着することが必要であり、そこに隙間が生じてはなりません。乗組員がそこを通過する際に、そこに足をかけることにより、長い年月の間に変形したり、摩耗したりして、それがたとえ微小なものであったとしても、いざ閉鎖したときに非常に強い水圧によって水密が維持できなくなることもあります。第52回「測深棒艦底を貫く」で書いたように、毎日の同じことの繰り返しで、艦の底に穴があいてしまうようなことさえ実際に生じていたのです。そのため、乗組員は、基本的には防水扉やハッチを通る際には、通りにくいのは承知の上で、扉の下の部分をまたいで、あるいはハッチの淵に足をかけないようにして通過をしています。当然ながら、急いでそこを通過しようとして足をかけると、頭を上部の隔壁にぶつけてしまうこともあるのですが。

 もうひとつ最初にしつけられるのが、「壁に寄り掛かるな」ということです。人は立って待たされたりすると、どうしても近くの壁などに寄り掛かりたくなるものです。これは、護衛艦では上甲板であろうが、ブリッジであろうが、艦内であろうが強く戒められています。それはなぜか、当たり前のことなのでみなさんもおわかりとは思いますが、艦の上では最も留意すべきことのひとつは、一人ひとりの不注意で海中に転落することを防ぐことなのです。そのため、上甲板においては壁やものに寄り掛かったりはせず、また、させないのです。寄り掛かった壁やものが倒れてしまうこともあるかもしれませんが、倒れないとしても艦自体が洋上では動揺します。自分の足でしっかりと立っていることが大切で、ものには体重を預けないといったことが大原則なのです。たとえ海中転落の恐れがない艦内といえども同じことで、急なラッタルの手すりの端に体重をかけてしまった時に艦の動揺で下まで転落することは起こり得ることなのです。護衛艦は、通常の体験航海や観艦式などの際に、一般のお客様に乗っていただくことも多いのですが、この際に困ったことに何度も遭遇します。前甲板の途中までは航海中でも立ち入りができるようにしてあり、一般のお客様がそこで海を見たり、甲板上の速射砲やアスロックランチャーなどを見学したりできるようにします。その際に、甲板のまわりに張ってある鎖につい寄り掛かってしまう方も見られます。艦内放送で注意を促したりもしますが、やはり現場で注意を喚起するのが一番なので、「申し訳ありませんが、危険なのでつかまらずに、少し下がってください」とお願いをした時の反応にはさまざまなものがあります。「わかりました」と言って下がってくれる方がほとんどなのですが、中には、「危険なものになんか乗せるなよ‥‥!」「危なくないようにしとけよ‥‥!」などと大声で怒鳴る方もいます。怒鳴られても、罵声を浴びても、ただひたすら、「申し訳ありません、安全のためですからよろしくお願いします」などと声を涸らしてお願いするほかはないのです。

 まあ、こんな経験が多くの海上自衛官を忍耐強いものにもしてくれるのですが‥‥、これもひとつの大事な「しつけ(?)」なのかもしれません。

Copyright (c) 2024 e-Core Incubation Co.,Ltd. All Rights Reserved.  Web Produce by LAYER ZERO.