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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第56回:「基準の違い」について

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、
以前に書いたものではなく、海上自衛隊退官後23年を経過してしまいましたが、
現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、
今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。
「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、
主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいります
のであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

***

「基準の違い」について

「飛行場から四国沖の海の上に行く、という行動そのものが、
陸上の基地を基準にして考える航空自衛官としての彼らの常識からは
信じられないことのようでした。」というのは前回(第55回)の中で
書かせていただきましたが、更に、航空自衛官と海上自衛官のものを考える上での
基準の違いについて、驚いたことについて今回は書いてみたいと思います。

自衛隊には、陸上、海上、航空自衛隊がありますが、
陸上自衛隊と協同訓練をするという機会は、輸送艦は別にして
通常の護衛艦ではあまり多くはありません。
しかし、航空自衛隊とは協同訓練を行う機会が多いのです。
この協同訓練のことを海上自衛隊では「海空訓練」と呼び、航空自衛隊では
「空海訓練」と呼ぶのですが。まあ、国家間の日中共同声明と中日共同声明などという
呼び方があるのと同じなのですが、同じ目的を持った防衛省自衛隊という組織の中では
どちらでも良いから統一すればよいとも思いますが、みなさんいかがでしょうか。
それはともかく、この話は私が青森の大湊(むつ市)で第32護衛隊隊勤務の時のことです。
海空訓練として、三沢基地所属のF-1対地支援戦闘機と協同訓練を行うことになり、
出港当日の朝、三沢基地から2名の航空自衛隊のパイロット君がわが第32護衛隊
「おおい」に乗艦をしました。

まずは、最初の身なりから驚きでした。
雪の降り積もった寒い時期でもあったこともあると思いますが、基地のライトバンで
到着した2名は制服ではなく、飛行服の上にジャンバーをはおり、頭は正規の作業帽でも、
部隊識別帽(良く見かける野球帽のようなもの)でもなく、私物のニット帽を被っている
のです。艦長、隊司令への挨拶の際は、ニット帽とジャンバーはとりましたが、
彼らに特に悪びれた様子はありませんでした。
当時の海上自衛官の常識としては、一応制服で来艦して、乗艦後に訓練に備えて着替える
であろうと思っておりましたが、見事に期待は裏切られました。
もちろん、それまでの私の経験の中でも、空自の幹部が乗艦する際に
制服で来たこともあったので、そのように思っていたことと思います。

それから3日間北海道西方海面にてF-1戦闘機数機と護衛艦「おおい」「きたかみ」の
護衛艦で協同訓練を行いました。訓練は天候にも恵まれ、順調に経過しました。
訓練終了後、北海道西方海面を翌日入港の予定で南下中のことです。
一人の空自のパイロット君が、「奥尻のサイトと連絡を取りたいのですが」という申し出が
ありました。奥尻のサイトというのは、北海道の渡島半島の西側の奥尻島にある
空自のレーダーサイトのことです。
私は彼を電信室に案内して、UHF通信器の周波数を奥尻レーダーサイトとの
連絡可能なものに設定をして、通話マイクを渡しました。そのマイクで彼が話したことを
私だけではなく、電信室にいた「おおい」の通信関係員全員を凍りつかせることになりました。
彼が何を言ったかというと、「こちら○○(これは、コールサインですが)、
現在護衛艦『おおい』は、奥尻島のSW20マイルを南下中、大湊入港は明日0900の予定、
当方の迎えのライトバンの手配をお願いする」というものでした。
みなさん、わかりますか‥‥。この時のわれわれの驚きというものが。
当時、というか今でもそうだと思いますが、海上自衛隊の護衛艦というものは、
自艦の位置や針路等については、当然暗号のかかった電報等でやりとりをしており、
基本的に秘匿しているものです。それをたとえUHFという到達距離の短い電波であろうと、
暗号(秘話装置)をかけない状態で普通に通話してしまうのですから、大変に驚いたのです。
もちろん、大がかりな訓練が行われているわけではなく、
通常の訓練の一コマではあるのですが、私は彼に掴みかからんばかりに、
「何をするんだ、暗号等で秘匿している艦の動きについて、平分(ひらぶん)で
堂々と電波に乗せて送るやつがいるか。
それに、自分の迎え便についてなど事前に連絡しておくべきもので、こんなところで
シャーシャーと電波に載せて言ってくれるな」といったものであったと記憶しています。
もちろん、「おおい」の通信関係員に対して護衛隊隊付として、幹部としてのスタンスを
示すという意味もあります。その時の相手の反応はというと、何とも言い難い表情をして、
“きょとん‥‥”としているのです。

そして、彼の口を突いて出た言葉は、「そうですか‥‥、でもわれわれの戦闘機は
こんな時間でもあっという間に数十マイルを飛んでしまうんで、そんな悠長なこと
言ってられないんです‥‥」というものでした。
私は唖然としながらも、彼の言葉の中に抗しきれない真実があるような気持ちになったのを
今でも覚えています。しかし、そこで負けてはいられません。
「だからなんだというんだ、ジェット戦闘機と艦艇はそもそもその特質が
違うってことだろ‥‥、今君はこの『おおい』に乗っているんだから、その特質に従った
行動をしろ」と言いました。本音かどうかはわかりませんが、そこで初めて彼の口から、
「申し訳ありませんでした‥‥」という言葉が出たのです。
とはいうものの、私はすっきりした気持ちにはなっておらず、どちらかといえば、
彼の言ったことの方が正しいのではないか、ということが頭から離れませんでした。
超音速のジェット戦闘機を飛ばすことを一義的なミッションとしている航空自衛隊と
護衛艦を動かして任務を果たそうとする海上自衛隊の間にある大きな違いを感じざるを
得ませんでした。どちらが正しいかどうかはこの際どうでも良いことのような気がしました。
とにかく、物事を捉える基準の基礎であるスピードという感覚がこんなに違う、
ということを実感するとともに、それがどういうことなのかを考える大きな機会となったことは
間違いのないところでした。

 

 

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