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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第40回:時間を守るは習慣なり

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を復刻版で
載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、15年前に書いたものではなく、
退職後22年を経過してしまいましたが、現在の私が思い起こして感じていることを書かせ
ていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしております。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたこと
を、特に明確な意図というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤
務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と
読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や
海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

『時間を守る』ということは「習慣」なのでしょうか。それともその人特有の「能力」と
いったものなのでしょうか。この話にはいろいろと議論があり、意見は分かれるものと
思いますが、私の考えでは、時間を守るということは「習慣」であると思っています。
みなさんは、「習慣」という言葉を聞くとどんなことが思い浮かびますか。早寝早起き、
毎朝新聞を読む、朝の散歩、これらは誰もが「習慣」という概念で捉えることと思い
ます。では、論理的に思考する、わかりやすいプレゼンテーションをする、他者の話を
しっかりと聴く、理解しやすい企画書を作る、というのはどうでしょう。これらは、通常
「能力」というカテゴリーで捉えるのではないでしょうか。こう考えた時に、『時間を守る』
というのはどうなのでしょうか。時間を守るということは、単に約束の時刻に遅れない
というだけではなく、仕事の納期を守る、自分で決めた期間内に物事を完結できる
ということまでを含んでのことを意味します。ここまでのことを含めると、通常は「能力」
というカテゴリーで捉えるのが一般的ではないかと思っています。しかし、私は敢えて
「時間を守ることは習慣である」と断言をしています。
私が33~35歳の時機に、護衛艦「はるゆき」で勤務していた時のことです。一緒に
仕事をしていたHさんという方がいました。彼は十数名のソーナーマンのチームのリーダー
をしていました。当時40歳くらいであったと記憶しています。私のもとには直接にはHさん
のソーナーチームをはじめいくつかのチームがありましたが、着任後それぞれのチームの
様子を見ていると、いろいろなことのある中にひとつ驚くべきことがあることがわかりました。
Hさんは部下のメンバーに対して、停泊中毎朝奥さんにメンバーの自宅に電話をかけ
させ起きていることを確認させるのです。それだけではなく、30分経った時に再度奥様が
電話をして二度寝していない事を確認するのです。携帯などない時代の事ですから
電話代は自前であって1回にいくらとかかるのです。前にも述べたとおり、海上自衛隊に
おいて帰艦時刻遅延は重大事であり、ましてや後発後期などを起こしては大変なこと
になるので、その防止策としてやっていることと私は認識していました。そこでHさんを
呼んで、「やってもらっていることは大変ありがたいと思っているけれど、もう少し当人の
自発性、主体性というものに働きかけるような指導が必要ではないか」と問いかけたこと
を覚えています。私の問いかけに対するHさんの反応はあまりにも端的で明確なもの
でした。「それは違います。時間を守れるかどうかは習慣の問題です。私の下にいる
限りは、絶対に時間を守れる人間にしてやるというのが私の考えであり、信念です」
というものでした。そして、「自発性、主体性は実際の訓練、業務を通して指導をして
いるので心配しないでください」ということでした。私はそれ以上何も言えず、「わかりま
した、よろしくお願いします」ということで、Hさんは奥様による朝の電話連絡を続けて
いました。結果として私が勤務していた2年間、彼のチームに帰艦時刻遅延はもちろん
のこと、他の部署で起こっているようなつまらない事故、規律違反などは皆無であり、
本業であるソーナーマンとしての成績も抜群で、護衛隊群のトップであることは当たり前
といったところであり、海上自衛隊のトップとなったこともあるなど、私はその部署の長として、
護衛艦「はるゆき」水雷長として2年間鼻の高い思いをさせてもらいました。
そのような経験をしてきたこともあり、現在の私は「時間を守ることは習慣である」と断言
をしていますが、ここ数年次のようにも言うようになりました。論理的に思考する、わかり
やすいプレゼンテーションをする、他者の話をしっかりと聴く、理解しやすい企画書を書く、
など一般的に「能力」と言われることを含めての話ですが、人による能力差というものは
もちろんあるとは思っており、天才という人もいるとも思っています。しかし、通常、人が
行う仕事に必要なことの大半は、継続的な行動、実践の積み重ねの違い、あるいは
その際の意識の違いだと思っています。そして、今の私は次のように断言しています。

「人の『能力』と言われるものの90%は『習慣』の違いによるだけである」

さて、みなさまはいかにお考えになるでしょうか。

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