※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、以前に書いたもの
ではなく、海上自衛隊退官後22年を経過してしまいましたが、現在の私が思い
起こし感じていることを書かせていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、
などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤務雑感」という副題
も、あえてそのままとさせていただきます。むろん、艦隊勤務を本望として20年間
生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」が
ごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話
を進めたいと思っております。
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私が護衛艦「あきづき」でお仕えした名艦長K2佐(当時)のお話です。
K2佐が艦長として着任されたのは、私が2年目に入ったときで、それまでの通信士(航海士)
兼甲板士官から、船務士兼第3分隊士となった直後のことでした。「あきづき」には1期後輩の
3名が乗組みとなっており、先輩としての自信とともに緊張感も出始めた頃でした。結果として
K2佐とは半年程度しかご一緒はしていないのですが、その間、艦長の一挙手一投足から、
さまざまな艦の扱い方、操縦法など多くのことを学んだと思っています。
艦長からも、「お前はいつも俺のそばにいろ、それが勉強だ」などと言われていました。
K2佐は、海上自衛隊の中で出世街道を邁進するようなタイプではないのですが、
護衛艦乗りとしての操艦、乗組員の扱いなど、私の目から見ると何事においても水際立った、
と言えるところがあったと思っています。訓練に対しては厳しいものの、昨日、今日乗ってきた
ばかりの者でも、乗組員の名前は必ず名前で呼んでいたのを鮮明に覚えています。
そもそも、初めての部隊訓練の折でしたが、基礎的な訓練として蛇行運動訓練というものが
行われました。先頭の艦が基準針路を維持しながらも右、左に蛇行するように変針を繰り返し、
後続する艦がその航跡(ウェーキ)を外さないようにして縦列で追従するのです。
私は副直士官として艦橋で勤務していましたが、突然艦長から、「航海長お前はもういい、
船務士にやらせろ」「船務士操艦」と言われ、慌てて肩から斜め掛けにしていた双眼鏡を
首にかけなおして当直士官の位置に立って操艦に当たりました。傍目には簡単そうに
見えますが、やってみると前続艦の速力の違いだったり、使用する舵角が一定でなかったり
して微妙な舵の取り方、戻し方が要求されます。とはいえ、実習でも何度もやっていること
でもあり、やや自信ありげに3度、4度、5度と変針を繰り返し、その都度ほぼぴたりと
前続艦の航跡に入ったと思っています。いつも厳しい艦長の口から、
「お前うまいじゃないか‥‥」という言葉が飛び出したのには驚きました。
そのことがあってから、何かにつけて私にひとつひとつのことを教えてくれようと
していることが肌身を通して感じられたものです。訓練の合間に士官室でコーヒーを
飲んでいると、突然、テレトークという通信機から「船務士艦橋」というお呼びが
かかります、何事かと思って艦橋に上がると、艦長が待っていて、「貴様、何を
休んどるか、閑があったら俺の横で立っとけ‥‥」ときます。
ありがたいやら、嬉しいやら、はたまた迷惑やら(?)ではありましたが、
それがひとつひとつ私の糧になっていったことは間違いのないところなのです。
そんなこんなでいろいろ鍛えてもらったところ、7月になって突然艦長に呼ばれて、
呉の駆潜艇砲雷長として異動の内示を受けました。駆潜艇に行ったら、すぐに自分で
そのふね(艇)を動かさなければなりません。一人前として認めてもらえたような
気にもなります。しかし、これまで「あきづき」通信士経験者は、プログラム業務隊という
ところで最先端のミサイル(システム)艦の乗組員としての教育を受けることが多かったので、
そうでなかったことに一抹の寂しさを覚えたことも確かなことでした。
異動の期日も迫った頃に、何の用事だったか艦長室で艦長と話をしていて、
その最後に私は、「艦長、またどこかで私を使ってください」とお願いをしました。
当然、「よし、わかった、また鍛えてやるから覚悟しておけ」という答えを
想定していたのですが、艦長の口から出たのは、「やだよ‥‥」という言葉でした。
私は、これまでいろいろと鍛えていただいた感謝の気持ちもあって言ったことなので、
もう一度自分の気持ちを伝えました。
私:そんなこと言わずに、ぜひまた使ってください。
これまでのことを糧に絶対に役に立ちますから
艦長:貴様、何度同じこと言わせるんだ、だめだといったらだめだ、二度と使わない、
用事が終わったらさっさと出て行け‥‥ときました。そこまで言われて出ていかないわけ
にもいかないので、私は一度艦長室から退出しましたが、どうしても納得できません。
ここでそのまま帰って後悔するのもいやなので、再度艦長室のドアをノックして、中に入り、
私:艦長、申し訳ありませんが、どうしても納得できません。もう一度私を使ってください
と繰り返しました。すると、机に向かっていた艦長は更に厳しい声になって、次のように
言われました。「お前は馬鹿だと思っていたが、本当に馬鹿だな。なぜ、俺がそう言う
のかわからないのか」といって、腕組みをしてこちらに向き直りました。
艦長:あのな‥‥、これからお前が仕える指揮官がどんなやつかは知らない。
もしかしたら、みな俺以下の人間ばかりであるかもしれない。だからといって同じ人間と
ばかりいっしょに仕事をしていても良いことはない。できるだけいろんなやつと
仕事をすることが大切なことだ。だから、俺はお前とは二度と一緒に仕事をしない
と言っているんだ‥‥。
私:「‥‥、‥‥、‥‥」
艦長:「わかったか」
私:「はい、良くわかりました、ありがとうございました」
そう言われてすごすごとドアのノブに手を掛けた私の後ろから、
「一緒に酒を飲みたくなったらいつでも来い」といって、初めて二カっと笑ってくれました。